権限委譲は従業員の自律性を高められ、人材育成に効果的なマネジメント手法の1つです。部下に判断を委ねることで、意思決定の迅速化や管理職の業務軽減といったメリットが得られます。
委譲する権限のバランスや権限委譲の仕方を見誤ると、期待している効果が得られにくくなります。権限委譲の基本を理解し、適切なプロセスで実践することが、権限委譲を成功へとつなげます。
今回は、権限委譲の意味や効果といった概要を解説するとともに、権限委譲が企業の成長に欠かせない理由や成功事例などをまとめました。
企業における権限委譲とは?
権限委譲とは、上司が持つ権限の一部を部下に委ねることです。ビジネスでは、エンパワーメント(empowerment)と呼ぶこともあります。エンパワーメントとは「力を付与すること」を意味し、「従業員一人ひとりの可能性や潜在能力を信頼して、引き伸ばすこと」です。
権限委譲やエンパワーメントは、委譲された側の自律性を高め、生産性の向上を目的に導入されます。人材育成のマネジメント手法であり、部下に業務を任せきりにすることは、権限委譲に該当しません。
広義におけるエンパワーメントの意味
広義のエンパワーメントは、「個人の持っている能力を引き出す」という意味です。エンパワーメントは、Wikipediaで以下のように定義されています。
エンパワーメント(empowerment、エンパワメントとも)とは一般的には、個人や集団が自らの生活への統御感を獲得し、組織的、社会的、構造に外郭的な影響を与えるようになることであると定義される。和訳例は権限付与、権限委譲、自信付与、強化、湧活(ゆうかつ)など。エンパワーメントの考え方は昨今大きな広がりを見せ、保健医療福祉、教育、企業などでも用いられている。広義のエンパワーメント(湧活)とは、人びとに夢や希望を与え、勇気づけ、人が本来持っているすばらしい、生きる力を湧き出させることと定義される。
引用元:Wikipedia
企業では一般的に「権限委譲」を意味しますが、医療・福祉では「患者さまと家族が主体的にセルフマネジメントを行えるよう支援する」ことを指します。どのような意味でエンパワーメントを使っているかは、業界や場面によって異なります。
「権限委譲」と「権限移譲」の違い
権限委譲は「上司が部下に、自分の持つ権限を部分的に委ねること」です。部下が行った業務の責任は、上司が負います。一方で権限移譲は、「対等な立場の第三者に自身の権限を譲ること」であり、責任も合わせて第三者に引き継がれます。
「委譲」は委譲する側・される側に上下関係が伴います。しかし「移譲」は、双方間の立場は対等です。
要するに「権限委譲」は、上司の判断によらず、部下が自らの意思で業務進行の判断を下しますが、結果については上司に責任が帰属します。権限委譲の実施にあたり、責任まで部下に負わせることがないよう、十分に配慮してください。
権限委譲が重要視されている理由
なぜ、権限委譲が注目を集めるようになったのでしょうか。本章では、権限委譲が必要とされている主な理由を解説します。
迅速かつ柔軟な対応が必要な市場になっているから
情報化社会になり、市場は日々急速に変化しています。商品やサービスのライフサイクルは短く、スピード感を持った経営が求められるようになりました。
目まぐるしい外部環境の変転に対応するには、素早い意思決定が欠かせません。従来のような、「上司が意思決定をし部下へ指示を出す」というやり方には、判断までに時間を要し、管理職の負担も大きいという課題がありました。
そこで、関心を集めたのが権限委譲です。権限委譲は、従業員がその場で意思決定をし、上司への連絡・指示待ちといった工程を排除できるので、素早い対応が可能になります。
若手人材を育成する必要性があるから
人手不足により生産性を上げられる、優秀な人材の育成が課題となっています。従来は上司の指示をこなし、決まった業務を行っていれば良い環境にありました。しかし、近年は労働力人口の減少にともない、少ない人材で効率良く業務を遂行することが求められています。
権限委譲は従業員に意思決定の機会を与え、成長を促す効果があります。自らの意思で行動し、活躍できる人材を育成するために、権限委譲が必要とされているのです。
権限委譲がもたらす4つの効果
権限委譲の効果は大きく分けて以下の4つです。
- マネージャー層が自身の業務に取り組める
- 意思決定がスピーディーになる
- 従業員の能力やモチベーションがアップする
- 人材配置がしやすくなる
各効果について、下記で詳細を説明します。
1.マネージャー層が本来取り組むべき業務に集中できる
マネージャーは現場の仕事だけではなく、経営に近い業務を行わなければなりません。重要な業務に専念するには、優先順位の低い仕事をある程度部下へ任せる必要があります。権限委譲によって、業務を委譲すれば、マネージャー層の負担が軽減され、本来の業務に集中できるといったメリットが得られます。
2.スピーディーな意思決定が可能になる
権限委譲では部下に意思決定も委譲しているため、「上司に確認するプロセス」が削減され、業務スピードを向上させます。迅速な意思決定は業務遂行を早め、顧客への対応速度も上がるので、顧客満足度をアップさせる効果も期待できます。
3.従業員の能力・モチベーションが向上する
権限委譲は部下の裁量権が大きくなるので、結果を残すチャンスが増え、仕事のモチベーションアップにつながります。試行錯誤を重ねることで、個人の能力が引き出される可能性も高いです。「上司に信頼され、仕事を任されている」という期待は、従業員の能力やモチベーションアップを促します。
4.組織の適正な人材配置が見えやすくなる
成長した従業員のスキルをデータベースに落とし込み管理することで、人材配置の適正化が進むのも、権限委譲のメリットです。
権限委譲によって個人の持つ特性や才能を見出し、個人が最も活躍できる部署・ポジションへ配置すれば、リソースを最大限に活かせるので、生産性向上に役立ちます。
権限委譲のやり方
権限委譲の効果を押さえたら、次は権限委譲を使った組織作りの方法を確認していきましょう。権限委譲のやり方は、7つのステップで構成されています。
権限移譲する対象者の把握
権限委譲を成功させるには、委譲した相手が一定の能力を持っていることが不可欠です。権限を有効に活かせる人材を選定するために、まず権限委譲の対象者をリストアップし、個々の能力、意欲、キャリア観、他の従業員との相性などを把握しましょう。
ゴールを設定する
権限を与えて何を達成して欲しいのか、従業員に示すことが重要です。権限委譲の対象者を決めたら、次に目的・ゴールを設定してください。ゴールがないと、上司と部下の認識にズレが生まれ、間違った方向に部下が進んでしまうリスクがあります。その結果、求めている結果が出せなかったり、周囲の従業員から不満が出たりして、権限委譲が失敗する可能性を高めます。
ゴールを成し遂げる為の方針共有
ゴールに向かうためには、意思決定の方針を共有しておくことが大切です。優先すべき方針を軸に意思決定をすることで、組織の目的や価値観に沿った結果を生むことができます。たとえば、納期重視の現場で従業員が品質を優先し、意思決定をしたとします。品質を重視したため納期が間に合わず、結果的に顧客満足度が下がってしまうと、いくら品質の高い仕事をしたとしても、従業員を高く評価するのは難しいでしょう。権限委譲の際は、おおまかに方針を共有し、方向を見失いそうになっていたら、上司が軌道修正をしてください。
報告の方法とタイミングの決定
権限委譲したら、どうやって報告すべきか方法を定め、いつ報告すべきかを明確に示しましょう。報告の方法として代表的なものに、ビジネスチャットや対面、Web会議ツールの活用が挙げられます。
権限委譲では、業務が滞ってしまう可能性も考えられます。途中で上司が調整をしなければならないケースもあるでしょう。最終報告の前に、中間報告のタイミングを決め、相談しやすい雰囲気づくりをすることで、権限委譲が失敗するリスクを抑えられます。
権限委譲の実行と適切なサポート
権限委譲の対象者とゴールを決定したら、権限委譲を実施します。なぜ従業員に権限委譲するのか目的を伝え、業務フローの開始地点と着地点を明示することもポイントです。部下が失敗を恐れないよう、適切な支援をする旨を説明してください。権限委譲の直後は、必要であれば上司に承認を求めても良いこととし、徐々に承認の頻度を減らしていき、部下が成功体験を積める仕組みを作ると良いでしょう。
評価
マイルストーンや最終地点に到達したら、評価をします。仕事そのものに関する評価に加え、権限委譲を通して部下が成長できたか、権限委譲で何かを学べているかといった側面もチェックしてください。もし行った業務の成果が低ければ、権限委譲の方法が間違っていた可能性も視野に入れてください。権限委譲は上司にとっても挑戦です。正しい評価をして、権限委譲のノウハウを蓄積し、自社の従業員に効果的な人材育成の方法を確立しましょう。
権限委譲の注意点
権限委譲の効果を最大化するには、委譲する権限の範囲や任せ方を適切に行うといったポイントを押さえることが重要です。ここからは、権限委譲で注意すべき点を4つ取り上げ、解説します。
間違えた仕事の権限移譲
対象者の選定や与える権限の範囲を誤ると、権限委譲は失敗しやすいです。従業員が十分な知識とスキルを持っていない状況で権限を委譲しても、責任を全うできません。新入社員に管理職の仕事をいきなり任せても、ミスをしてしまうのと同じです。
間違った権限委譲は、従業員のモチベーションを下げるきっかけになり、生産性減少につながるなど、リスクを伴います。権限委譲のときは、対象者と与える権限の大きさを十分に検討しましょう。
適切な動機付けをする
権限委譲を成功へ近づけるためには、任せる内容よりも任せ方がポイントになります。納得感を持ってもらうために、なぜ対象となった従業員へ任せるのか理由を示し、期待している成果を伝えましょう。委譲する業務の内容だけを伝えるのでは、自主的な行動を促しにくいです。適切な動機付けをして、従業員が意欲的に業務へ取り組めるよう、後押ししてください。
権限の丸投げ
権限委譲は業務を部下に丸投げすることではありません。部下のスキルや知識が、委譲された権限と乖離していないか確認し、従業員には前もって権限委譲の重要性を説明しましょう。権限委譲への理解がないまま業務を振られても、従業員は仕事を押し付けられた、丸投げされたと感じやすいです。無責任な上司という印象を持つ可能性を高め、従業員が不信感を持つきっかけになるかもしれません。権限委譲は業務の丸投げではなく、育成を目的としていると従業員に理解してもらうことが大切です。
マイクロマネジメント
権限を委譲したら、マイクロマネジメントをしないように注意しましょう。マイクロマネジメントとは「部下をチェックし細かく管理すること」です。マイクロマネジメントは部下が自ら考え行動する機会を減らすため、主体性が育ちにくくなります。また、上司に「信頼されていない」と印象を与えやすく、権限委譲をしても結果が伴わない恐れがあります。
権限委譲の成功例
権限委譲の概要や具体的なメリットは理解できても、実際に自社でどのように取り組めば良いか、明確なイメージをつかみにくいかもしれません。そこで本章は、権限委譲の成功事例として、代表的な2社をピックアップしました。
星野リゾート
星野リゾートは古参従業員の退職を機に、「フラットな組織文化」を作ろうと決意し、権限委譲による人材活用を行っています。星野リゾートの権限委譲の特徴は、アメリカの作家ケン・ブランチャードが提唱した「エンパワーメント理論」を採用している点です。エンパワーメント理論に基づき、役職を問わず自由な発言を奨励して議論を活発にした結果、フラットな組織づくりに成功。出世の自由を与えており、昇進したいと立候補した人の中から支配人を選ぶなど、モチベーションを高める仕組みを作り、チームワークの強化にも成功しています。
自由な発言を奨励することで議論を活発にし、社員の働く気持ちを高めていったのです。また、仕事の目的、目標などを明確にし、仕事をどんどん任せました。そして役職やポジションにかかわらず、自由で対等に意見交換ができるフラットな組織文化づくりを始めました。
引用元:「~星野リゾート流 意識改革~ 星野佳路の「組織活性化」講座第4回 スタッフのモチベーションを上げるさまざまな自由。エンパワーメント理論は覚悟を決めてやり抜くことが必要。
Googleはセルフ・スターターというスタイルを採用し、「自分のことは自分でやる」という文化が醸成されています。失敗を恐れずチャレンジでき、情報をオープンにして従業員へ仕事を委ねることで、権限委譲を成功へ導きました。
従業員一人ひとりが持っている力を発揮できるワークスタイルを築き、Googleは世界的に「働きやすい会社」として高い評価を得ています。
仕事の引き継ぎなど基本的にない。上司からの命令もない。やるべきことは自分で考えるのだ。だが、もちろん最初はわからないことだらけ。だから、聞けば周囲の社員が積極的に教えてくれる。なぜなら、かつての自分もそうだったからだ。多くが中途入社の社員。同じ道を通ってきているのである。こうして基本を理解すれば、次第に自立して考えられるようになっていく。
引用元:「グーグル社員の「働く満足度」は、なぜこれほど高いのか?」――「元気な外資系企業」シリーズ〜第6回 グーグル
権限委譲に関するまとめ
社会情勢は急速に変化しており、市場競争を生き残る上で「権限委譲」の重要度は増しています。権限委譲のポイントを押さえてプロセス通りに実施すれば、迅速な意思決定を可能にし、人材育成にとっても良い影響を与えるでしょう。
管理職やリーダーは「委譲する権限の適切な範囲」を見極めて、部下に委譲しなければなりません。経営者や人事担当者は「委譲する側」に対し、権限委譲の持つ役割や必要性を伝えましょう。