人的資本の価値や情報開示の重要性が高まったことを背景に、世界ではISO30414の導入に向けた動きが活発化しています。日本ではまだ馴染みの薄いガイドラインですが、今後はISO30414に取り組む企業が増えてくると考えられます。
ISO30414に取り組もうと思っても、「そもそもISO30414とは何か?」「ISO30414を導入するメリットがあるのか?」と疑問を持つ方も多いのではないでしょか。
この記事ではISO30414の導入を検討している企業に向け、ISO30414の目的や記載されている項目、また情報開示を行うメリットをご紹介します。さらに、ISO30414をすでに導入した企業例もあわせて取り上げているので、ぜひ参考にしてみてください。
Contents
ISO30414とは?
ISO30414とは、「人的資本に関する情報開示のガイドライン」のことを言い、11領域49項目に分類された人情報開示規格が定められています。ISO(International Organization for Standardization)は、商取引に関する国際的なルールを決めているスイスの非政府機関のことです。ISO30414の詳しい項目については後述します。次に、人的資本について確認していきましょう。
人的資本とは
人的資本とは、「ヒト」が持っている能力や技術資格などを資本としてみなし、人材が持つ価値を伸ばして会社の価値を高める経営を実施することです。従業員がどのようなスキルを習得して経験を積み、企業の発展に貢献できるかを含めた活動を指します。単純に個人が保有する能力や資格だけを意味する言葉ではありません。
「ヒト」が生み出す新しい価値は、会社が発展・継続していくために重要な資産です。人的資本についてはこちらの記事で詳細をお伝えしています。
ISO30414の目的
ISO30414の大きな目的は、人的資本の現状を定性的・定量的に理解することです。人的資本経営については、経済産業省の報告書に記載されるなど、言葉そのものは存在していましたが、「人的資本」に関する明確な基準はありませんでした。しかし、ISO30414で人的資本の基準が定められたため、人的資本を数値として捉え、データ化が容易になりました。人的資本を定量的に把握できれば、過去の自社データや競合他社との比較が可能です。
ISO30414を導入し人的資本を定性的・定量的にすることで、人材戦略が会社に与えた影響を調査し、人材と組織の関係性を理解するのに役立ちます。人材の貢献度など、「ヒト」に関するデータ収集は、中長期的な人材戦略の策定に効果的です。
ISO30414に記載されている項目
ISO30414には11領域49項目が下記のように示されています。
11領域を日本語で表すと、以下のようになります。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 組織の健康・安全・福祉
- 生産性
- 採用・異動・離職
- スキルと能力
- 後継者育成
- 労働力確保
各領域の意味や、どのような項目が含まれているのか詳細をみていきましょう。
1.コンプライアンスと倫理
企業が受けた苦情の件数や懲戒処分の件数に加え、コンプライアンスや倫理に関する研修を受講した従業員の比率などに関する領域です。たとえば、下記のような項目が含まれています。
- 苦情の種類・件数
- 懲戒処分の種類・件数
- コンプライアンスや倫理の研修を受けた従業員の比率
- 外部監査での指摘数・種類
2.コスト
コストとは人件費や採用の費用、労働力といったもので、7項目が示されています。
- 人件費
- 外部人件費
- 平均給与と報酬の比率
- 雇用の総費用
- 従業員1人に発生する採用コスト
- 採用や異動にかかるコスト
- 離職コスト
3.ダイバーシティ
多様性の領域に含まれるものとして、下記のような項目があります。
- 従業員の多様性(年齢、性別、障害)
- 経営層の多様性
4.リーダーシップ
リーダーシップを発揮する人材についての領域であり、次の項目が含まれます。
- リーダーシップの信用性
- 1人の上司が管理する従業員数
- リーダーシップの開発
5.組織文化
組織文化はエンゲージメントや従業員の満足度、従業員の定着といった指標が示されています。組織文化の項目は下記の通りです。
- ワークエンゲージメント・従業員満足度・コミットメント
- リテンションレート
6.組織の健康・安全・福祉
組織の健康や安全、福祉、幸福度を指す領域で、項目は次の4つです。
- 労災などでロスした時間
- 労災の発生件数
- 労災での死亡者数
- 健康や安全研修を受けた従業員数
7.生産性
売上高や収益といった従業員ごとの生産性についての領域で、項目は2つです。
- 従業員1人のEBIT・売上高・利益
- 人的資本RoI
8.採用・異動・離職
従業員の採用・異動・離職に関する領域は、「人的資本開示のガイドライン」のなかでも最多の14項目が掲げられています。
- 募集したポジションの書類選考に通過した候補者数
- 採用した人材の質
- 採用決定に要する平均日数
- 将来的に必要な人材のスキル
- 内部の登用率
- 重要なポジションの内部登用率
- 重要なポジションの割合
- 空いているポジションのうち、重要なポジションの空席率
- 内部の異動者数
- 幹部候補者の準備度合
- 離職率
- 自発的な理由で離職した従業員の割合
- 会社に痛手となった重要な自発的離職
- 離職理由
9.スキルと能力
従業員が保有するスキル・能力だけでなく、能力開発も含みます。スキルと能力の領域に含まれる項目を下記に記しました。
- 人材開発・研修の費用
- 学習と開発
- 労働力のコンピテンシーレート
「学習と開発」には、従業員1人当たりの研修受講時間・研修の参加率・カテゴリー毎の研修受講率などが含まれます。
10.後継者育成
後継者育成の計画にかかわる領域で、項目は以下の通りです。
- 内部の継承率
- 後継者候補の準備率
- 後継者の継承準備率(即時、1~3年、4~5年)
11.労働力確保
会社が持つ労働力を表す領域です。たとえば従業員の総数や欠勤率などが挙げられます。
- 総従業員数
- フルタイム当量
- 臨時の労働力(派遣・独立事業主)
- 欠勤率
ISO30414に注目が集まる背景
ISO30414が話題になっている主な理由は、以下の4点です。
人的資本の価値の高まり
経済産業省が発表した報告書、通称「人材版伊藤レポート」で人的資本を効果的に人材戦略に組み込む重要性が示されました。第四次産業革命など社会の構造が大きく変わり、一人ひとりの仕事観や高齢化に突入したことで、企業は環境の変化に適応しながら企業価値を高める必要が出てきました。
イノベーションや新しい価値を創出する人材を確保・育成することが企業の急務となっています。人材戦略の実現にあたり、人的資本の価値が向上し、ISO30414にも関心が集まりました。
情報開示の重要性の高まり
ISO30414が注目される理由の1つに、人的資本の開示を求めるステークホルダーが増え、情報開示の重要性が高まったことが挙げられます。ISO30414が2018年に策定され、2020年には米国証券取引委員会(SEC)がアメリカの上場企業に対し、「人的資本の情報開示」を義務付けました。
またアメリカ企業では、市場価値を構成する要素の9割を人的資本といった無形資産が占めており、人的資産の価値が上昇しています。こうした背景を踏まえ、ステークホルダーが人的資本についての情報開示を要求するようになりました。人的資本の情報開示を詳しく知りたい方は、下記の記事をご確認ください。
ESG投資やSDGsへの関心の高まり
ESG投資やSDGsへの取り組みが活発になったことも、ISOISO30414に注目が集まる背景の1つです。投資の基準として ESG投資が注目され、国連のサミットで共通目標としてSDGsが掲げられるなど、国際的に持続可能性の高さが重要視されています。人材の確保・育成を通して持続的に成長することが強く求められるようになった結果、ISO30414にも関心が集まりました。
人材版伊藤レポートの発表
経済産業省は「人材版伊藤レポート」で人的資本の重要性を示し、人的資本経営の具体的な実践事例などをまとめています。レポート内で、持続的な企業勝ちの実現に向けてビジネスモデルや経営戦略を、人材戦略と連動させることが重要とし、人材戦略の具体的な策定・実行方法については下記のように示しました。
・経営戦略上重要な人材アジェンダの特定
引用元:経済産業省 | 持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~(概要)
・目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的なKPIの設定
・現在の姿(As is)の把握、“As is – To beギャップ”の定量化
・ギャップを埋め、企業価値の向上につながる人材戦略の策定・実行
経営戦略を明確化して人材戦略と連動させ、目指すべき将来像の設定と現状を定量的に把握する上で、ISO30414に示された基準は大きく役立ちます。
ISO30414に基づいた情報開示を行うメリット
ISO30414をはじめ、ISOの導入にはさまざまなコストが発生します。得られるメリットをよく理解した上で、自社に導入すべきか検討することが重要です。ISO30414に取り組む代表的なメリットを2つ解説します。
ステークホルダーへ効果的な情報開示ができる
ISO30414のメリットに、ステークホルダーへ人的資本の具体的な情報を公開できる点が挙げられます。ISOの認証取得は、その企業が国際的な規格を満たしている証明になります。ISO30414にもとづいた情報開示を行えば、ステークホルダーに有用な人的資本のデータを示すことが可能です。
戦略的に人事を進められる
定量化したデータを人材戦略へ活かせる点も、ISO30414に取り組むメリットと言えるでしょう。人材の流動化が進み、労働力人口が減っていくなかで、企業が経営目標を達成するには人材の能力を引き出し、適切な人材配置が必須となりました。戦略的に人事を行うために、人的資本の定量化は重要な役割を担っています。定性的・定量的に人的資本を把握することは、効果的な人材戦略の策定につながります。
ISO30414の現状と導入企業事例
米国の証券取引委員会が「人材マネジメントに関する情報開示」を上場企業に義務付けており、日本でもISO30414を導入する企業が増加すると予想できます。ここからは、世界と日本の両者を比較し、ISO30414の現状や導入企業を確認していきましょう。
世界の現状と導入企業
経済産業省の資料をもとに、ISO30414に関する欧州と米国の動きをご紹介します。
人的資本の情報開示に向けて最初に動き出したのは欧州でした。2014年から2021年にかけて行われた取り組みや発表は下記の通りです。
・2014年 EUが非財務情報開示指令(NFRD)において、「社会と従業員」を含む情報開示を義務づけ(従業員500人以上の企業対象)
引用元:経済産業省 産業人材課 | 人的資本経営に関する調査について
・2019年 ISOが人的資本マネジメントに関して、社内議論用・社外開示用の指標を整理(ISO30414)
・2021年 ECが非財務情報開示指令の改定案を発表(対象企業の拡大、開示情報の更なる具体化)
2019年になると、米国も人的資本の情報開示に対し積極的な姿勢を示しました。人的資本の情報開示に関する米国での大きな動きとして、以下の2つが挙げられます。
・2019年 サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が改訂版スタンダードを公表(人的資本の領域について、重要項目の開示を要求)
引用元:経済産業省 産業人材課 | 人的資本経営に関する調査について
・2020年 米国証券取引委員会(SEC)が人的資本に関する情報開示を義務化(Regulation S-K改正)
なお、ISO30414を導入した代表的な海外企業として、ドイツ銀行が挙げられます。ドイツ銀行は2021年3月に「Human Resources Report 2020」を公開し、ISO30414を導入しました。ドイツ銀行は4つの柱で人材戦略を打ち立て、持続可能な企業の発展を目指しています。
・最適化された労働力: 適切な人材を適切なタイミングで適切な役割に配置する
引用元: Deutsche Bank | インタラクティブな人事レポート 2021 へようこそ
・未来のリーダー: インスピレーションを与え、力を与え、正しい行動の模範となるリーダーを育成する
・従業員の能力強化: 多様な人材の採用、定着、成長
・安全な銀行: 説明責任の強化、結果管理の明確な原則、従業員の保護
日本の現状と導入企業
国内では2020年に経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表し、2021年には「コーポレートガバナンス・コード」に人的資本に関する情報開示が盛り込まれました。
日本で初めてISO30414を導入したのは、組織人事コンサルティングを行っている株式会社リンクアンドモチベーショングループです。同企業は、2021年に「Human Capital Report 2021」を作成し、そのレポート内で「採用・育成・制度・風土」の組織戦略について公表しています。
ISO30414の今後の動向
日本でISO30414の認知度はあまり高くないのが現状ですが、2020年に証券取引監視委員会(SEC)がアメリカの上場企業へ人的資本の情報開示を義務化し、ISO30414導入の流れは加速すると考えられます。
新型コロナウイルスでリモートワークが普及し、デジタル化が急速に進むなか、適切な経営変革の実行には人材戦略の立案と運用が欠かせません。このような状況から、ISO30414に取り組む国内企業は増加していくでしょう。
ISO30414に関するまとめ
ESG投資やSDGs、ISO30414の策定といった流れをうけて、人的資本経営に向けた取り組みは今後ますます活発化すると予測できます。人材戦略の重要性を理解しても、「人事に関する情報を定量化するのが難しい」「日々の業務に追われて手が回らない」という課題を抱えている経営者や人事担当者も少なくありません。
会社の存続・発展を目指すためにも、まずは経営戦略を明確にし、現状の課題を洗い出すなど状況を整理することからはじめてみましょう。