人的資本とは、人材を投資対象としてとらえ、価値を最大限に引き出すために投資を行う取組みをいいます。海外ではすでに企業価値を左右する指標の一つになっているほか、日本国内でも人的資本投資についての開示の流れが活発化しています。
ここでは、人的資本投資とは何か、基本の知識を解説すると共に、企業が得られるメリットについて紹介します。
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人的資本投資とは?
人的資本投資とは、知識や能力という人に付随するものを、付加価値を生み出す「資本」として捉え投資する経済学の用語です。人的資本の投資の狙いは、個人のスキルを育成し生産性の向上や組織成長につなげる点にあります。
人的資本の投資が生み出すメリットは、企業の売上だけではありません。個人の幸福度の向上や組織の競争力向上など、金額だけでは図れないさまざまな利益をもたらします。
企業にとって人的資本への投資が重要な理由
企業にとって、人的資本への投資は企業価値を向上させるものとして注目されています。その背景には、大きくわけて2つの理由があります。
一つは、企業の経営状況や将来性を判断する指標の一つとして、人的資本の存在力が増している点です。企業活動がグローバルになり、企業は市場での売上げを確保するために、短期間でさまざまな商品やサービスを展開・改善する必要に迫られています。そうした変化の激しい市場では、企業価値を向上させる手段の一つとして、人的資本投資が有効であると見なされます。
次に、人的資本の開示を巡る法整備が活発化している点です。たとえばアメリカでは、すでにSEC(米国証券取引委員会)で人的資本への投資状況について、企業に情報開示が義務付けられています。また日本でも、2022年6月に政府が「 経済財政運営と改革の基本方針2022 」を発表し、そのなかで今年中に人的資本投資を含む非財務情報の開示ルールを策定すると示しました。
人的資本投資へ取り組むメリット
人的資本投資に取り組むことで、企業は外部からの評価を高めるだけでなく、生産性向上や優秀な人材の確保といったメリットを受けることができます。
生産性の向上に繋がる
事業環境の変化が激しい現代において、変化に柔軟に対応し、イノベーションを創出することは、企業が市場で生き残るために必要不可欠といえます。昨日までのやり方を見直し、新しい方法で新たな価値創出や生産性向上を図れる人材が、企業に求められています。
人的資本投資を行った結果、生産性向上に結びつく価値を測るのは一概にはいえませんが、 内閣府の調査 では、平均的一人あたりの人的資本投資額1%の増加で、0.6%の労働生産性の向上の可能性があると示唆されています。
優秀な人材の獲得に繋がる
積極的な人的資本投資への取組みは、優秀な人材確保につながることが期待できます。人的資本投資とは、職種に必要な教育の機会提供に留まらず、能力開発、エンゲージメントの向上、働きやすい環境整備や多様な人材が活躍するための制度の構築が含まれます。
自己学習やキャリア開発の機会が得られる職場環境は、従業員や求職者にとって魅力的に映ります。外部から新たに優秀な人材が確保できれば、職場に新しい価値観や知識・技術が入ってくることになり、変化に強い組織を育てられるでしょう。
企業の人的資本への投資額について
企業がどれくらいの人的資本投資を行っているか、政府のデータをもとに参考にすることができます。2016年度におけるデータでは、常用雇用の従業員1人あたりの平均的な人的資本投資額は約28万円です。
上場企業では約36万円、非上場企業では約25万円、投資額の内訳は6割以上がOJTの機会費用となっています。ここでいう機会費用とは、訓練などに参加することにより従業員が仕事に従事できないために発生する費用を指します。
また、産業別にみれば、電気・ガス・水道業界の人的資本投資額が最も多く、約74万円です。
これは、機械や薬剤など専門的な知識を有する機材を仕事で扱うためと考えられます。
人的資本への投資における日本と海外の違い
現在進行形で政府が人的資本の情報開示整備に取り組む日本では、海外と比較して企業の人的資本への投資額は低い水準にあります。過去の政府の調査によれば、OJTを除くOFF-JTの研修費用は、日本は米国やフランスなどの先進国と比較して大きく遅れを取っています。
また、日本企業は有形資産が占める割合が多いのに対して、米国市場では時価総額の90%を無形資産が占めています。
こうした研究開発費といった無形資産投資の割合の多さは、結果的に企業の粗利を増加させると示唆されており、企業の人的資本投資の重要性が伺えます。
人的資本投資の具体例
では、具体的に人的資本投資とは、どのような取組みが含まれるのでしょうか。実際に企業で行われている取り組みを見てみましょう。
研修・教育体制の整備
従業員のスキルアップのために、研修の機会提供を増やしたり、教育体制を整備することは人的投資のなかでも大きな役割を占めます。たとえば、職種別研修内容を見直すことで従業員は自らの職務に見合ったスキルを磨くことができます。また、階層別の教育体制はスキルアップだけでなく、従業員にキャリアを磨くうえでのモチベーション向上を刺激することができます。
また、近年では事業環境の急激な変化にあわせ、職務で必要とされるスキルが大幅に変化する場合に、新たなスキルを習得させるリスキリングが注目を集めています。
持続的な企業価値向上のためには、こうした教育機会の提供をその場限りとするのではなく、経営戦略と結び付け定期的に実施することが大切です。
HRテクノロジーの導入
企業が人的資本投資を行い、効率的に効果と結びつけるためには、HRテクノロジーの活用も効果的です。たとえば、タレントマネジメントシステムは、従業員の個別スキルを可視化し、適切な配置・配属に活用することができます。また、システムを利用した評価制度の運用によって、評価を「やって終わり」ではなく、その後の研修やキャリア開発に活かすことが可能です。
こうした従業員の希望に合わせた取り組みは、結果的には従業員エンゲージメントを向上させるでしょう。
人的資本投資に関するまとめ
人的資本投資は、企業が価値を持続的に向上させる上で避けては通れない経営課題です。自社の資本体制を見直すと共に、今後、開示整備の流れにあわせて、社内の体制を整える必要があるでしょう。