ハラスメント防止の為に企業が行うべき対策と具体的な事例

労務

パワハラ防止法の施行後、ハラスメント防止に向けて企業が取り組むべき措置が明確になりました。とはいえ、会社としてなにから手を付けるべきか、戸惑うことも多いかと思います。

この記事では、ハラスメントの基本知識を紹介すると共に、企業が行うべきハラスメント防止対策のポイントを解説します。また、ハラスメント防止のための企業事例についても紹介しているので、自社の取組を検討する際の参考にしてください。

ハラスメントとは

「いじめ」や「嫌がらせ」を意味する言葉である「ハラスメント」。現代では、性別や容姿などさまざまな要因をもとに、身体的・精神的に相手を傷つける行為として、社会での認知が広がっています。ハラスメントは、個人に対する嫌がらせに留まらず、人権を侵害する悪質な行為です。

近年、政府はハラスメントの法律面での対策を強化しており、企業にも職場で講じるべき防止・再発予防措置が義務付けられています。企業にとってハラスメントとは、向き合うべき経営課題といえるでしょう。

ハラスメント対策が重要視されている背景

「パワハラ」や「セクハラ」など、職場でのハラスメントをたびたび耳にしたことがある人は少なくないでしょう。近年では、企業の安定的な存続のためにはハラスメント予防が欠かせないものになっています。その背景には、ハラスメント防止法による法整備の強化や、深刻化するメンタルヘルスの問題があります。

ハラスメント(パワハラ)防止法の施行

2019年5月の法改正により、パワーハラスメントの防止措置が事業主の義務となりました。この法律は、「労働施策総合推進法」と呼ばれ、一般的には「パワハラ防止法」として知られています。

パワハラ防止法は、顕在化するパワハラの問題をうけ、企業が講じるべき措置を定めたものです。パワハラの定義を明文化するとともに、予防・再発防止に向けて職場で何をしなければならないのかが明確になっています。

パワハラ防止法では、ハラスメント阻止のための方針の周知・啓蒙や、相談窓口の設置などが企業に義務付けられています。2020年4月から大企業に適用され、中小企業にも2022年4月から適用が広がりました。そのため、社内体制の整備に取り組む企業が増えています。

【2022年最新】パワハラ防止法とは?定義や具体的な対策内容

コンプライアンス遵守の重要性の高まり

別名「法令順守」と呼ばれるコンプライアンス遵守は、法律や社会規範、ルールを守る会社の姿勢を指しています。コンプライアンス遵守は、会社の社会的信用に大きく影響を与えるものです。

ひとたびニュースなどで不祥事が取り上げられると、会社の信用やブランドイメージに致命的なダメージを与えることもあります。SNSの普及により、企業の一社員の行動が瞬く間に拡散されるようにもなりました。コンプライアンスを守るということは、単純にルールを逸脱しないということだけではなく、企業の安定経営につながるのです。

働き方の変化による新たなストレス

近年では、テレワークなどオンラインを通じた業務スタイルが広がっています。オフィスに勤務していても、テキストコミュニケーションが主流であり、対面で人と会うことが減ったと感じる人もいるでしょう。一日の間に処理しなければいけない情報や業務量は増加し、求められる対応速度は増える一方です。

そうした新たな働き方に、大きなストレスを感じる人もいます。また、これまでとは異なるコミュニケーションスタイルゆえに、職場の人間関係に損傷をきたす可能性もあります。労働者は、新しい働き方に適したコミュニケーションを学ばなければなりません。

訴訟リスクの増加

スマホの普及により、録音・録画が簡易なものになりました。こうしたツールの進化は、これまでは「証拠がない」と、泣き寝入りをせざるを得なかったハラスメントの被害者にとって大きな味方となります。同時に、企業にとっては職場のハラスメントを見て見ぬふりをすることはできず、訴訟に発展することを避けるためにも、真摯に取り組まなくてはいけなくなっています。

企業で起こりうる主なハラスメントの種類

職場で発生するハラスメントには、さまざまな種類があります。以下に、企業での相談件数が多いハラスメントの種類について解説します。

パワハラ

パワハラとは、職場での優位性を利用して、身体的・精神的に相手を傷つけるハラスメントを指します。業務上必要な指導の範囲を超えて、仕事が手につかなくなるといった相手の就業環境を害する行為は、パワハラと見なされます。正式にはパワー・ハラスメントといい、前述した「パワハラ防止法」によって、事業主が防止のために講じるべき措置が定められています。

職場でのパワハラは、「指導」や「愛の鞭」といった言葉で誤魔化されてしまうこともあります。そのため、パワハラ防止のためには、どのような行為がパワハラとみなされるかという正しい理解が欠かせません。

セクハラ

セクハラ(セクシャル・ハラスメント)は、「性的嫌がらせ」と訳されるハラスメントのことです。職場での「性的な言動」により、相手の就業環境を害する行為を指します。セクハラといわれると男性から女性への行為が多数を占めるイメージがありますが、同性同士や女性から男性といった行為でも、定義に該当する場合にはセクハラとみなされます。

モラハラ

モラハラ(モラル・ハラスメント)とは、「モラル=道理・倫理」に反する嫌がらせという意味です。モラハラの特徴として、直接的な暴力行為は行わないという点が挙げられます。「周囲からの切り離し」や「無視」、「言葉での嫌がらせ」等、パワハラと共通する点がみられますが、職場内での優位性(パワーバランス)を背景としない違いがあります。

ハラスメントが起きる原因

職場でハラスメントが発生する要因は、一つではありません。「昭和」と揶揄されるようなマネジメント手法から抜け出せない上司の存在や、プレッシャーの強いノルマなど、「個人の意識」と「組織的な問題」が複雑に絡み合い、ハラスメントが発生しやすい土壌を作ります。

個人意識による要因

個人意識による要因には、以下のものがあげられます。

  • ハラスメントへの理解不足
  • コミュニケーション不足

ハラスメントへの理解不足とは、「何がハラスメントに該当するかを知らない」といった知識不足から、「ハラスメントではないと思い込んでいる」といった認知の歪みなどが挙げられます。また、ハラスメントにはならない指導の仕方や適切な言い方ができないという、未熟なマネジメントも個人意識の要因の一つといえるでしょう。

さらに近年では、テレワークの普及によりチームメイトと顔を合わせず仕事をする機会が増えました。部下や相手が何をしているかわからない。そうした不透明な状況が、相手を管理・把握したいという圧力を生み出し、ハラスメントにつながる可能性があります。

組織風土による要因

組織風土による要因には、以下のものが挙げられます。

  • 長時間労働、過重業務といったプレッシャー
  • マネジメント体制の不備
  • ハラスメントを軽視する組織文化

長時間労働の常態化や、ノルマの厳しい職場では、働く人の余裕がなくなり、人間関係が悪化します。円滑なチームワークが阻害され、想像力や思いやりを欠いた言動が増えます。また、適切なマネジメントを行う存在がいないと、現場の状況が考慮されないまま経営目標だけが課され、結果として深夜の時間外労働などの過酷な労働環境を引き起こすことがあります。

個人意識とも関連する問題ですが、ハラスメントが容認される職場では、新たなハラスメントが生まれる危険性も高くなります。「これくらいなら大丈夫」「みんなもやっていること」という認識が、他人の人権を侵害する行為につながっていきます。

ハラスメント防止の為に企業が行うべき5つの対策

ハラスメントを職場で防止するためには、企業としてメッセージを発信する、研修を行う、相談窓口を設置するといった対策があります。ここでは、厚生労働省が公表しているパワーハラスメントの対策導入マニュアルをもとに、ハラスメント防止のために講じるべき5つの措置を紹介します。

1.方針を明確化し周知させる

ハラスメント防止に向けて、企業の方針を固めることが第一歩となります。経営者のメッセージとして、ハラスメント防止を外部に発信する。会社としての方針を明文化し、社内に周知する。どれも、「ハラスメントを許さない」という企業の姿勢が伝わります。それにより、職場でのハラスメントを抑制する効果が期待できるでしょう。

2.ハラスメントを行った場合の対処規定を決める

ハラスメント防止のためには、ハラスメントが発生したときを想定し、整備を進めることも重要です。ハラスメントの対処規定を明文化することは、ハラスメントに対応するための重要な措置となります。就業規則などに、処罰の対象となるハラスメントを定義すると共に処罰の内容について規定しましょう。企業がハラスメントについてのルールを設けていることを、研修等で周知します。

3.アンケート調査などで実態を把握する

アンケートなどで実態を把握することで、ハラスメント防止のための適切な対応を講じることができます。方針の明確化やルールの整備だけでなく、長時間労働などハラスメントの発生要因となり得る職場環境を整備することも、ハラスメント防止のための重要な取り組みです。

人間関係の衝突や、ストレスの兆候、メンタルヘルスの不調など、従業員にいつもと異なる様子が見られる場合には、背景にハラスメントが隠れていないかに気を配るようにしましょう。アンケート等で実態把握を行った際は、結果を集計・分析し、社内環境整備などの改善につなげます。

4.パワハラ防止の研修を行う

ハラスメントを防止するために、研修を行うことも重要です。何がハラスメントになるのか理解を深めると同時に、日頃行っている言動がハラスメントに該当していないか、自己を振り返ることができます。定期的なハラスメント防止研修を行うことで、適切なマネジメントスキルを伸ばすことができるでしょう。

5.相談窓口を設置する

ハラスメント相談窓口の設置は、法律でも定められた事業主の義務です。相談窓口は、設置するだけでなく、相談があった場合の守秘義務や、迅速な事実確認など、適切な運営がなされるようにしなければなりません。相談窓口の運用ルールを定めるとともに、担当者には適宜研修を行いましょう。

ハラスメント防止の為に個人が行うべき対策

研修の実施や相談窓口の設置などは、職場でのハラスメントを防止するために企業が取るべき措置です。一方で、ハラスメントの加害者・被害者にならないために、個人ができることといった視点から、対策を解説します。

加害者にならない為に行うべき対策

ハラスメントをしないために、ハラスメントとはなにかという理解を深めることは大切です。それとは別に、普段の自分の言動を振り返ることが、ハラスメントの加害者につながる道に気づかせてくれます。具体的には、以下のような点です。

  • 自分の常識を疑う
  • 「かもしれない」の想像力を働かせる
  • 指導のポイントを見直す

時代と共に、価値観は変わります。過去には「当たり前」とされた会社の習慣が、現代ではパワハラであると見なされるのは珍しくありません。経験とは異なる考えに戸惑うのは、人としてのごく自然な反応ですが、そこから一方踏み込んで、「今の会社でこれはOKなのだろうか」と考えてみることがハラスメント行為を防ぎます。

また、他者とのコミュニケーションで「~かもしれない」の意識を持ちましょう。「かもしれない」は、相手の状況や感情に想像力を働かせる視点です。「大丈夫だろう」「伝わっただろう」という判断は、ハラスメントのリスクを増加させます。なぜならば、職場の立場や相手との関係性から、嫌だと思っていても口にできないという状況は多いものなのです。とくに上司や先輩といった優位な立場にある人は、「大変かもしれない」「不満があるのかもしれない」と考え、先回りしてサポートの手を伸ばせるようにしましょう。

そして、的確な指導を行うために、コミュニケーションスキルやマネジメント術を磨くことが重要です。「状況を批判するだけ」は、指導にはつながりません。改善案を提案するべきです。「大声で怒鳴る」では、相手は萎縮するだけでしょう。伝え方を学ぶ必要があります。相手の容姿や業務と関係ない点を指摘するのは、ハラスメントと見なされる行為です。ハラスメントと指導の違いを正しく認識することが重要です。

被害者にならない為に行うべき対策

被害者にならないためといっても、個人ができることは限られています。そもそも、ハラスメントで責められるべきは加害者です。被害を受けた側に非はありませんし、自分を責める必要は一切ありません。とはいえ、ハラスメントのような加害を受けると、人は「自分が悪いんだ」と思い込み、他者に助けを求めるといった適切な判断を下すのが難しくなります。

そうしたリスクを下げるため、日頃からハラスメントへの理解を深めると共に、相談窓口など「いざというときの対応」を知っておくことが大切です。

  • ハラスメントへの理解を深める
  • 相談窓口など、会社の対応策を知っておく
  • ハラスメントかも?と思ったら記録を残す

ハラスメントについて知ることで、万が一自分がハラスメントを受けたとき、それがハラスメントであると気づくことができます。「自分が仕事ができないから」「よくあること」と考えてしまうと、ハラスメントが顕在化せず、加害行為がエスカレートする恐れがあります。

また、相談窓口やハラスメント発生時の会社の対応を理解しておくことで、いざというときに行動に移しやすくなります。ハラスメントと思われるような行為を受けた際は、記録を残しておくことも有効です。

ハラスメントが発生してしまった時の対処

職場でハラスメントが発生した際、会社としてするべき対応のポイントを紹介します。

事実関係の確認

ハラスメントの相談を受けたら、会社としてするべきことは迅速な事実関係の確認です。このとき、注意するべきポイントが3つあります。

  • 関係者双方に話を聞くこと
  • 相談者・被害を受けた社員のプライバシーを尊重すること
  • 被害を受けた社員の意思を尊重すること

被害を受けた側のみ、加害をした側のみ、どちらか一方の話だけを聞いて判断するのは公平ではありません。「それは思い込みですね」と、会社の対応が二次加害につながることのないよう、適切なヒアリングを行います。また、関係者に話を聞く際は個別の会議室で行うなどの配慮が必要です。関係者や加害者に話を聞く前に、被害を受けた社員の了承をとりましょう。

関係者への措置

事実関係の確認後、就業規則など会社のルールに従い、関係者の処分を行います。ハラスメントの加害者に厳格な処罰を下すことはもちろん、ハラスメントを受けた社員のサポートも重要です。なかには、就業が継続できないほどのダメージを受けているケースもあります。メンタル不調等の症状が認められる場合には、産業医や病院にアクセスできるよう支援しましょう。配置転換などの希望には真摯に耳を傾け対応を検討します。

再発防止への措置

継続的な取り組みが、ハラスメント再発防止につながります。ハラスメントを行った社員を処罰するだけでなく、ハラスメント再発防止研修への参加を促すといった継続的な取り組みは、一定の効果を発揮するでしょう。その場合、社員が参加しやすいよう、外部セミナーを指定し後日レポートを提出してもらうのも一つの方法です。

また、ハラスメントを誘発するような職場環境になっていないか、労働環境を改善する取り組みを続けましょう。残業削減や生産性の向上、有給取得促進など、従業員が働きやすい環境作りに取り組みます。

企業におけるハラスメント対策の事例

ここからは、厚生労働省が作成した「職場のパワーハラスメント対策取組好事例集」より、企業が実際に行ったハラスメント対策事例をご紹介します。

事例1:多面的な研修でハラスメントを防止する

東京都の市役所では、平成25年からこれまでにあったセクハラの相談窓口を、すべてのハラスメントに対応する「ハラスメント相談窓口」に置き換え、相談員5名を配置し、3日以内に対応できる体制を整えると共に、産業保健スタッフや外部の医療機関への連携を強め、心身に不調をきたす職員への迅速なサポートを実現しています。

また、ハラスメント防止にむけた研修を、継続的かつ多面的に展開。全職員に3年に1回の研修を受講させるほか、管理職向けのハラスメント防止研修、アンガーマネジメント研修、コミュニケーションギャップを埋めるための新任職員研修、メンタルヘルス研修などを実施しています。

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事例2:複数チャネルで相談しやすい体制を作る

東京都の情報通信グループでは、ハラスメントの相談窓口を複数チャネルで展開しています。電話、メールで連絡が可能なほか、社内のイントラネットにも掲載されており、社員がアクセスしやすい形になっています。

さらに、相談窓口を「セクシャル・ハラスメント」と「ハラスメント全般」と分けることで、どの窓口に相談したらよいのか社員が判断しやすく、相談は会社が契約する弁護士につながるよう整備されています。

事例3:ルール作りや研修に加え現場の直接指導

愛知県で製造業を営む企業では、過去に発生したハラスメントを受け、ハラスメント防止に向け、就業規則にハラスメント全般禁止の項目を盛り込むとともに、ハラスメント防止研修を実施しました。

また、現場のパワハラを防止するため、役員が率先して現場に赴き、パワハラになりそうな言動をみかけたら都度注意を促すという地道な取組を実施しました。不適切な発言には「そのような言い方をしてはいけない」と、正しい指導法を促すことで、ハラスメントの芽を摘んでいます。

ハラスメント対策に関するまとめ

職場のハラスメントを防止するためには、企業がハラスメントを許さないという姿勢を明確にし、就業規則などにルールを明記することが第一歩となります。またハラスメント発生に備え、相談窓口を整備するほか、社員が相談しやすいよう複数チャネルを用意したり、外部の専門家と連携したりといった、工夫が求められます。

定期的な研修の実施に加え、コミュニケーション研修・メンタルヘルス研修など、多面的な取り組みがハラスメント防止につながるでしょう。